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上毛新聞「視点オピニオン21」第1回/8回

群馬県の皆さんに愛されている地元紙上毛新聞で、毎年さまざまな分野の方が活動や意見などをリレーで1年に数回ご紹介する「視点オピニオン21」というコラムがあります。原が昨年の11月から書かせていただいているものをご紹介致します。私が医療通訳の活動に込める気持ちを綴っています。お読みいただけると嬉しいです。皆様からのご意見もお待ちしております。

2016.11.17 上毛新聞「視点オピニオン21」第1回

医療通訳との出会い―安心できる受診態勢を

                                                         群馬の医療と言語・文化を考える会代表 原美雪

 私が言葉と医療について考えたのは20代、仕事で研修に出たインドネシアでの出来事が始まりです。今から30年以上も前の話です。外務省のインドネシア専門職として首都ジャカルタでの研修の後、ボロブドゥール遺跡で有名なジョグジャカルタの大学に転学しました。

大学での生活にも慣れたころ、高熱を出し、動けなくなりました。日本から持参していた抗生物質や解熱剤、ビタミン剤などを飲んでも熱は下がりません。

自分の症状を伝え、どこの病院の何科が信頼できるものなのか、尋ねることができず、病院に行くことはできませんでした。日本人の友人が見舞に来てくれましたが、病院に行くことを勧める人はいませんでした。

移転後、本来ならば一番先に知っておくべきことを、うかつにも全く調べていませんでした。外務省の研修生としては失格です。ジャカルタに行けば大使館の医務官もいるのですが、飛行機に乗る元気もありません。

食事もできずにいると、下宿のお母さんが「かわいそうに」と言って石で背中をこすり薄荷の液体を塗ってくれました。民間療法です。これは後に中医学を学ぶようになり、解熱の治療法であることを知ります。数日して熱は下がりましたが、あの時の心細さは今でも忘れられません。

結婚後、中国北京に転居になると、風邪をこじらせ両膝が腫れ、歩けなくなりました。当時日本の無償資金協力で建てられた中日友好病院(現中日医院)に行くと、日本語のできるスタッフが診療に同席し、通訳をしてくれました。これが、私にとって初めての医療通訳との出会いです。

膝の痛みの上に体調不良でつらい中、症状を言葉にできない、医師の言葉がわからないという三重苦を味わうことなく、治療を受けられたのは大変ありがたいことでした。

おかけで様子がわかり、その後、針灸(しんきゅう)や漢方薬の治療まで安心して受け、時間はかかりましたが、膝を治していただきました。中医学の世界にすっかり魅せられた私は、その後帰国して、専門学校に入り、鍼灸師として新しいスタートを切ることになります。

通訳を介して安心して診療を受けられたという初めの環境がなければ、鍼灸師としての今の私もなかったかもしれません。言葉は大きな力を持つものです。

世界が狭くなり、人の出入りも頻繁になる中、病気やけがでつらい時、病院で言葉に不自由なく治療を受けられるということは欠かせないものです。それは患者さん本人にとってはもちろんのこと、医療関係者にとっても大切なことであることを皆さんも既にお気付きだと思います。

これから数回に分けて、群馬県での医療通訳普及についての会の活動を皆さんにお伝えしたいと思います。


群馬の医療と言語・文化を考える会代表 原美雪 前橋市三俣町

【略歴】東京都出身。東京外語大卒。外務省で在インドネシア大使館などに勤務。2013年に群馬の医療と言語・文化を考える会を立ち上げ、医療通訳の普及に尽力。

2016/11/17掲載

2017年7月7日